2011年07月17日

ツイッター持論?

「それ、面と向かって言えるか??」
と思えることをネットで呟くヒトは、
さんまの狭いネット社会で観察したところ、
誰かの呟きに乗じたヒトが多い。
@付きな感じ。
つまりそれって、
自分からスイッチが入ってないってことで、
そういうヒトが、その意見や発言を、
最初の呟きとまるで同等として
どや顔発言で発するのは、
厚顔無恥の極みなのでは、と
思ったりした日曜日。

そういうヒトばっかりじゃないとおもうけど、
どうしてもなーんだか嫌な気持ちになることのが、
目立っちゃうんだなあって思った。

似非論争好きというか、
ただ批判して叩きたいだけというか、
ちょっとしたことに揚げ足取るというか、
普通隣の人の独り言にそこまでつっこむ??
みたいな。

ツイッターもねえ、
何だかなあって思うときがある。
きっとアレだよ。
自分の好きな人が批判されたら悲しいし悔しいというか、
もう、明らかに贔屓目で全然中立じゃないんだけど、
それでもなんか、
こう、
好きな人には傷ついて欲しくないんです。
叩かれてほしくないんです。

公開処刑みたいな具合で、
いやもう、心が痛むのね。





顔が見えないツイッターとかチャットとか、メールとか、
やっぱり苦手であるなあ、と思ったりしました。
@付き批判大嫌い。
どう嫌いか具体的に説明できないけど、とにかく嫌い。
とにもかくにも、こう、
知らない人の呟きにいきなり批判的とか攻撃的とかいうのが、
もう無礼千万な気がしてダメだ。
賛成意見より、反対意見ってのは、
よりいっそう思慮深く講じなきゃダメだと思うのよ。
例えば媒体になる呟きが批判であっても、
それに対しての批判意見というのがあったとしても、
偶然電車の隣の席のヒトの独り言を聞いたと同じ状況なわけで、
「ちげーだろ、馬鹿っ!!」
とか、いきなり殴りかかったりはフツーしないでしょ。
顔が見れる場所にいたら、そんなことフツーしないっしょ。

それをしちゃうのが、
当然のようにしちゃって、
「そういうもんだろ」「それが権利だろ」
とかもう、わけのわかんないことになるのがツイッター含むネット世界。


思ったことを口にしたい、というのは分かる。
誰かに言いたいからここに呟く、とか
まあそんなのパブリックスペースに乗せるもんでもないけど、
どうしても言いたかった、というのも分かる。
だから、それが最初の一言なら、
まあ、そういう使い方だろうなあって納得するんだけど、
その第一声に対して、
なーんかこう、汚い言葉とかで攻撃を仕掛けるのは、
それは暴力行為であって、論争じゃないから。
ツイッターって醜いヒトの感情が露わになるなあ。
そんな世界見たくなかったなあ、
じゃあ、辞めるか。

という、週に一度は陥るツイッター恐怖症。



まあ、きっとそれがヒトとのつながり感じて楽しい、という
ツイッターの価値なんだろうとは思うけど、
さんまは、ツイッターで批判するのは嫌いというより苦手なので、
楽しい話題しか乗っかりません。
アレだよなあ、
批判がんがんするヒトって、
自分の呟きみて
「俺やってやったぜ、言ってやったぜ!!」
とか思うのかな。
そういうもんなのかな。
空しくないか、それ。
出来ればそのあたりの意見を聞きたい、いや聞きたくないや。
自分に都合のよい意見ばっかり聞いて、
さんまはぬくぬく生きてたいです。


「あー、そういうヒトもいるのね、ふうーん」
って日常なら通り過ぎてしまうヒトの肩をがっしり掴んで、
「なんだこのやろー!!」
って覆面で殴りかかるようなコトって、
既に論争じゃないし、ただの変質者だし、
意見をもって発言するというのを批判したいんじゃないんだけど、
氏素性明かして発言しているヒトに対して、
自分は誰にも知られない覆面存在なヤツが、
がーがー批判するってのは既に卑怯の域だな、と。
有名人のツイートに攻撃かけるなら、
お前も同じフィールドに出て、名前も顔も出して意見しろ、と。
それもできねえのに、批判的なツイートをするんじゃねえ、と。

つまりそんなふうに思ったんです。
さんま怒ってますね。
そうですね。


書いててもやもやしてたのすっきりした。
つまりそういうことだわ。
顔出しのヒトを攻撃するのが覆面だからイラっとするんだ。

考えまとまったわ。
posted by さんま at 14:08| 広島 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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